予告していませんでしたが、本日ハーフマラソンに出場しました。

足立フレンドリーマラソン

あまり知られている感じじゃ無いですが、陸連公認コースです。

先に行っておきますが、運営がたいへん素晴らしい。
そのせいか、参加者のマナーもたいへん良く、気持ち良く走れました。
数年のうちに、関東屈指の人気大会になる気がします。

会場は、荒川の土手です。



日射がきついですが、この時期極寒よりはましです。
お気楽な気分で着替えを済ませ、アップ後、スタート15分前に整列。
ハーフは約6000人がエントリーしたそうです。

本日の目標はもちろん、自己ベスト更新。
先月の坂東いわいで叩き出した1:31台の記録を少しでも良いから更新する!

1km当たり4:21ペースを可能な限り維持するフラットラップ作戦で走り始めました。

スタート~5k  21:50 (平均4:22)

スタート直後の混雑もすぐに解消し、すぐに走りやすくなりました。
ただ、川沿いの逆風のせいで、結構たいへんでした。


5~10k 21:38(平均4:20)

6k過ぎて折り返しがあり、追い風に変わりました。
ペース維持は楽だけど、とにかく暑かった。
10k通過は予定通りのタイム。


10~15k 21:41(平均4:20)

ラスト5kは再び追い風になるので、少し貯金したかったけど、かなわなかった。。。
途中、上段の土手までアップダウンする部分で、脚を使ってしまった。


15~20k 21:50(平均4:22)

折り返して向かい風になった、17~19kのラップが4:30-4:26と約30秒ロスしたのが敗因。
小さな集団で固まっていたけど、全体のペースが落ちているのに気がつくのが遅かった!
19kからラストスパートして4:20を切るラップを出しても、後の祭りでした。


ゴールタイム 1時間32分台の中盤


上記タイムは自分のGPS時計ですが、
2度の折り返しで、約30mの誤差が出ていたことに注意が足りなかったのも敗因。

自己ベストにギリギリ届いているかも、
と思って走っていたけど、少し足りませんでした。無念だ。




レース後の痛みもなく、
ゴール直前は自分に大声で渇を入れながら追い込んだので(同じ様なおじさん、結構います)、
良いトレーニングになったと信じましょう。


帰り道、銭湯に入って(足立区は銭湯が多い!)、不足した塩分を味噌ラーメンで補いました。うまい!




今年のレースはこれでおしまい。

転職後、9月の安達太良トレイル、先月の富士山マラソンなど、思い出深いレースが多かった。

来年も良いシーズンになりますように。
昨晩は一人で前泊しました。

河口湖の定宿のケイズハウスが満室だったので、
会場から少し離れたゲストハウスを利用しました。

まいさんちのゲストハウス



写真の通り、寝室は2段ベット×2のドミトリーです。
利用したことがない人には意味不明なはず。
他の3人は全て男性ランナーで、日本人、シンガポール、台湾。
目的が一緒なので、21時には静かに消灯しました。



明けて当日、気になっていた天候は見事に晴れました。
気温は低め、風弱く!絶好のマラソン日和になりました。





7時20分には会場入りし、ストレッチや軽くアップしたりして、
スタート30分前に整列しました。
開会式は、瀬古+有森の豪華な組み合わせのおかげで、
退屈せずに済みました。
ちなみにこの両名は20km手前で船から応援し、
その後上陸した両名とハイタッチしました。


9時スタート。

直後、愛用するGPS時計に異変あり。
距離やペース表示が動かない。
やっちまった!GPSの機能をONにし忘れた。
1km毎の表示でラップを確認するしかない。。


今日はとにかく3:23:23の自己ベスト更新。

これまでは時計とにらめっこしてマイペース維持に注力したけど、
周りとうまく調和して走る作戦。
それと、20km以降にある西湖までの長い上りを意識して、
前半は脚を使ってでも多少の貯金をする。

ラストはどんなに辛くても諦めない。


公式ページで5kmごとのラップとスプリット(通過タイム)
が公開されていたので、紹介します。

0-5k 23:09

寒さで足に裏が硬い感じだったので、
もう少しゆっくり入っても良かったかも。。
Aブロックだと仕方ないけど、みんな早いね。


5-10k 22:59 10k通過 46:08

そのまま乗せられて、走っちゃいました。
このペースで走りきっても、妻のベスト3:13には届かないのですが。


10-15k 23:12 15k通過 1:09:20

そのまま、飛ばして走った結果です。
まあ、なんとかなるだろうと、あまり気にせず。
この辺の気楽さは、2年前には無かったことです。
勇気がでたということだろう、と自己評価してはいますかと


15-20k 23:44 20k通過 1:33:04

貯金ができたとわかったので、 少しペースが落としました。
平均4:45/kmは目標設定通り。


ハーフ通過 1:38:20

フルはこの2倍なので、このまま行けば3:16:20。
通過タイムを見て、飛ばしすぎたな、とは感じました。
脚も少し重くなってきたし。長旅の予感はしました。

20-25k 25:23 25k通過 1:58:27

西湖までの上り坂に苦しみました。
周りも歩くぐらいのペースまでガタ落ち。
ラップを見るのも怖いので、道路だけ見て走りました。
ちなみにこの坂、2010年のチャレンジ富士五湖(100km)でも僕を苦しめました。あの時は暑かった!

25-30k 24:32 30k通過 2:22:59

坂で体力を使い、ペースも乱れてしまった。
少し追い越されることが増えてきて、
kmラップが時々5分を超えていたので、精神的にきつかった。

30-35k 24:09 35k通過 2:47:08

脚もも体力もカラータイマー点滅といった感じで、
河口湖までの長い下りを利用して、少しだけ稼いだ感じ。
32km通過タイムが確か2時間33分弱だったので、
残り10kmを50分、つまりkm5分を切らないと
自己ベストに届かない、ということが判明。
普段ならなんてことが無いことですが、
あの状況ではかなり厳し目のペースでした。


35-40k 25:09 40k通過 3:12:17

ほぼ、気力だけで前を走る背中を見つめて、腕を振って。
1kmごとのラップが5分をギリギリ切る程度だったので、
まさにおしりに火が着いた状態でした。
ずっと諦めたいと思いながら、必死で腕を振りました。

100m先にFinishラインと号砲後のグロスタイムが見える。
3時間22分台。
この瞬間、ギリギリとはいえ目標が達成できたことを確信しました。
もちろん嗚咽開始。
それに気がついたのか、後ろのランナーが背中を軽く叩いてくれた。

ゴールタイムは自己ベストを10秒ほど上回るタイム。
ラスト5kmで諦めていたら、結果は変わっていたでしょう。





次のフルは今年のメインレースで2月の泉州。
サブ3.5つまり3:15切りを達成したい、と思っています。

そして、3月の板橋シティでは、
2012年に同レースで妻が叩き出した、
あの輝かしいファミリーベストを更新したい。

けど、今日の前半ハーフでも全然足りない。。
妻は、どうしてあんなに早く走れたのだろうか?
朝5時30分に横浜の自宅を出発し、
秋葉原からつくばエキスプレスに揺られて、延2時間、ようやく守谷駅に到着。
熟睡していたので、寝過ごしそうになった。

駅前にはランナーたちが長いバス待ちの列をつくる。


さらに会場直通バスで40分,はるばる来たぜ坂東市、2010年以来です。

 2010年11月14日
10kmを二人で走ったのですが、時計を持たない妻が快走し、脅威の43分切りを果たし、
初の表彰台に登ったという、思い出の大会です。


少し早く着いてしまった上に、話す人もいないので、トイレの長い列に並んで暇つぶし。
スタート1時間前に荷物を預けて、ストレッチをしてからアップ走を始め、30分前には整列完了。
今日は強気のレースをするつもりだったので、整列は普段よりも若干前目、
あえてスタートダッシュの波に呑まれて前半から突っ込むイメージで。

時計には自己ベストの1時間33分で走る仮想ペーサーを設定。
折り返しまでは先行し、残りはガッツで粘る計画でした。

スタート直前、雨が降り出してきました。
防寒で着ていたロングTシャツを脱ぎ捨て、成功のイメージを描く。
とても良いトレーニングを経て、
絶好のコンディションでスタートラインに立てていることを感謝しスタート。


スタートダッシュの波に呑まれるも、余裕をもって入れました。
調子も良さそうなので、15k走をやっているぐらいの気分で入れました。

最初の5km 21:36


時折強く降る雨も、視界が遮られる以外は良いことばかりです。
暑くないし、給水も最小限で済みます。
周りと同調して走れるのでペース管理が楽に出来ました。

5−10km 21:43

走っているときは、敢えて限られた情報だけを表示しました。
1kmごとのラップと1:33との差(距離と時間)。
10kmを過ぎたところでは、45秒ほど先行していました。
が、結構脚を使ってきた疲労感も出てきたので、
集団から溢れないように気持ちで押していきました。

10-15km 21:42


呼吸も上がり、フォームも乱れてきましたが、1分以上も先行している。
ここで出さずにいつ出すの?と自問したり、
ムスメの泣き顔を思い出したり、
いつだかのキツカッたインターバルを思い出したり、
沿道に手を降ったり、
妻に感謝したりしながら、
最後は少し嗚咽してのゴールでした。

15-20km 21:35

20-ゴール 5:24


電光時計で、改めて自己ベスト更新を知り、
呼吸が苦しくなるほど一人で大喜び。

数年前に止まっていた挑戦する気持ちが無事に動き出しました。
ここ数年でムスメが生まれたことの次にウレシイ。




スタートロスを引いたネットタイムは何と!31分台。
妻がキレキレの2012年に神奈川マラソンで叩き出したタイムには
少し及びませんでしたが、秋のこの時期にここまで行けたのは予想外。

今シーズンのハーフは12月と1月に1本ずつあるので、
何とか妻の記録を抜いておきたいです。


結果まとめ
ネットタイム 1時間31分台

5kmラップ(自分の時計)
21:36/21:43/21:42/21:35/5:24
今シーズン開幕レースは地元福島市で10kを走りました。

 第7回湯のまち飯坂・茂庭っ湖マラソン

地元に近いので、前から気になってはいましたが、
以前は陸連公認じゃないし、本番として走るには時期が早いな、と感じていました。

しかし、おそらく今年から?陸連公認コース(10k,ハーフ、フルとも!)になったので、
孫ムスメを連れて帰省ついでに走ったわけです。


目標は、10月26日の記事に書いてある通り、42分台。
悪くても㌔4分15秒のペースで走りたいと思っていました。


朝の雨が上がり、陽がさしてきて気温が上がってきた。
予想最高気温24℃。
念のためノースリーブを持ってきて良かった。

スタート5分前、スタートライン2列目でこの余裕。
参考:10kエントリーは120人ほど。




号砲でロケットスタート。
いきなりの上り坂にビビリましたが、
先頭集団を走る機会なんて滅多にないので、ぶっ飛ばしました。
1kラップは3分台。
普段弱気の自分にしては積極的な入り方が出来ました。
予定ペースの4分15秒を意識して少しペースダウンし持久走開始。

木曜に普段やらないトラックの練習会に参加し、
張り切りすぎた結果、筋肉痛が抜け切っていなかっので、
全体が重い感じでしたが、フォームと呼吸を意識してペース維持に努めました。

田舎の一本道は精神的に長く感じますが、伸び伸びと走れるので気持ちいい。

折り返しの手前で給水を受け、手前を走っていたランナーを2人パスし5kを通過、
1kラップしか表示していなかったけど、ほぼプラン通りの手応えがありました。

折り返し後は背中に陽を浴び、追い風になったため体感風速がゼロ。
初夏のレースを思わせるコンディションでした。


大会会場では、ムスメが存分に遊んでいたようです。(妻撮影)





10分遅れスタートですれ違うハーフ、フルの選手や地元のご老人の応援を受け、
ペース維持がキツくなってきた6-8kを粘り、
遥か前方で少しずつ近づく2人のランナーを追いかけました。

結局、その二人は抜けませんでしたが、最後までブレーキすることなく無事にゴール。
(ゴール直前のムスメに手を振る姿。妻撮影)



結果は見事!目標達成。
しかも、順位が初のシングル!

暑い割に、良い結果になりました。
色々なスピード練習をやってきた一定の成果が出ました。うれしい。


来週は坂東いわいでハーフ走ります。
富士山マラソンに向けて最後の仕上げ期です。
故障せずうまく疲労をピークに持っていきたいです。

前夜、宿で準備を終えたあとに確認した天気予報は、雨。

予報通りの雨に、厳しいレースになることを覚悟しました。
250人が安達太良スキー場のスタートラインに整列。



午前6時にスタート。制限時間は13時間。

スタート直後、早速滑りやい路面の洗礼受けました。
粘土質の土がランナーに踏まれて、よく滑るのです。

広いゲレンデの先行者が歩いていないエリアをなんとか登りきり、
長い長いドラマが始まりまりました。



このレースは4度、ピークを超えます。
まず1度目のピークまで。
体調もいいし、新調したモンベルの雨具上下もいい感じ。



最初のピークに到着。まだまだ余裕。


ここから、1.5度目のピークまで短い下リがあります。
距離は短いけどこの区間の下りが、このレースで一番大変でした。
(他のランナーたちも同じように苦戦したようです)。

とにかく、ドロドロ、ネチャネチャの足元がよく滑るのです。
まともに歩くことさえできないのに、
速いランナーに後ろから煽られるものだから、余計に滑る。

いくら工夫しても転び続け、
切り株に太ももの外側を痛打し、一時はリタイアすら考えました。
(新調した雨具のパンツが破れてしまった!)


難所を抜けた先に1.5度目のピーク、和尚山。
奥にうっすら見えるのは、名峰磐梯山です。


しばらく、背の低い松が茂る悪路が続きます。


途中、こんな川も渡ります。
この川は石筵川といい、かつて、友人と渓流釣りで訪れています。



長く走れる下り区間を集団できもちよく疾走して、
銚子ヶ滝エイドに到着。

抜きつ抜かれつしてきた小麦色女子と記念撮影。
この格好で泥んこ区間を通過してきたとは!



時刻は9時,ざっくり予想していた範囲ギリギリでした。
プランを変更し、足元が滑らなければ、
上り区間でも積極的に走ることに決めました。

比較的緩い上り勾配をしばらく歩くと、急に視界が広がりました。


どうやら、前半の絶景ポイント船明神山らしい。
雲が抜け、青空がのぞき、気持ち良い風が吹いていたので、
自然と笑顔になりました。



 

帰りにタクシーをシェアした女性は、
このレースを4度走っているそうです。
最初のきっかけは高村光太郎の妻、智恵子の詩だったとか。
「安達太良には本当の空がある」
福島の小学生だった時、何かで耳にしたような気がして、調べました。


  智恵子は東京に空が無いといふ。
  ほんとの空が見たいといふ。
  私は驚いて空を見る。
  桜若葉の間(あいだ)に在るのは、
  切っても切れない
  むかしなじみのきれいな空だ。
  どんよりけむる地平のぼかしは
  うすもも色の朝のしめりだ。
  智恵子は遠くを見ながら言ふ。
  阿多多羅山(あたたらやま)の山の上に
  毎日出ている青い空が
  智恵子のほんとうの空だといふ。
  あどけない空の話である。

雨も上がりの真っ青な空に白い雲がとてもきれいでした。


第二エイド、沼尻口に到着。
痛打した痛みも少なくなり、絶好調です。



11時30分にエイド出発。
気分よく下っていくと、硫黄温泉の臭いがする
ダイナミックな風景が広がります。湯の華採取場跡。

 

この後は、ゴツゴツと岩や石が露出する斜面を登ります。
旧な斜面では、立ち止まって休憩後するランナーもいましたが、
僕は汗を流して気分よく登っていくことが出来ました。

胎内岩くぐり。太めの人だと引っかかるほど狭いです。


振り返り、湯の華採取場を眼下に見下ろします。



三度目のピーク、鉄山。


箕輪山に向かって緩やかに下るトレイルを見て、
気分が良くなっちゃいました。


ここから最終エイドまでは、ほぼ下り。
コース説明会では気持ち良く走れる、と紹介されていたけど、
滑りやすい路面なので、トレイル初心者の僕には大変でした。
疲労も出てきたので、安全走行で慎重に進みました。
途中、こんな場所も。



最終エイドには13時45分に到着。
これは想定よりもだいぶ良いペース。
腰を下ろして、しっかりと休憩しました。




普通に行けば、ゴールまでは約3時間かかるらしい。
制限時間は19時だから、14時に出発した自分には5時間ある。

完走を確信しました。
あとは、徐々に疲労していく過程を存分に楽しむことができる。

去年、野辺山ウルトラの後半に感じた感覚と同じで、
長い距離が好きな理由はこれかもしれません。
自分にまつわる現在過去の色々なことを考えて前進していく。


途中、川を何度も渡り、渓流沿いの斜面を鎖を握って歩いたり、
アドベンチャーなコースを慎重に進むと、くろがね小屋という
通年営業の山小屋に至ります。

そこから、最後にもう一度安達太良山に登ります。

遠く、山に張り付くように見えるランナーたち。


疲れをはっきりと自覚するようになりましたが、
ムスメのことを考えてニヤニヤしたり、
ゴールシーンを想像してニヤニヤしているうちに、
最後のピークに着いてしまった!

振り返ると、我が故郷、福島盆地が西陽に照らされていました。



コース案内のボランティア、

「あとは下るだけですよ。」


終わる喜びと、終わる淋しさを感じながら、
ゴール目指してひたすら下っていきました。

ゴールはスタート地点と同じ、安達太良スキー場です。

林道を走っているとき、スキー場のリフトが見えた瞬間、
涙ぐんでしまいました。

100%うれし涙のせいで、目を赤くしながらゴールしました。





2日経った今でも、脚のいたるところが筋肉痛です。
階段の登り降りで激痛がはしります。
ここまで長引いた経験は初めてです。
特に、ロードに必要な部位と異なる前側の筋肉が全滅。
今後、鍛え甲斐がありそうです。


筋肉痛に比べて、精神的には楽しいことばかりでした。
気持ちが良いランナーたちと、
雨上がりの気持ちいい青空の下で、
10時間も過ごせた、ということ。


転職が決定した後にエントリーしました。
退職に向けた整理中、有給休暇中、現在の職場に勤務してからと、
日常生活が大きく変化する期間でしたが、
このレースに向けて一貫したトレーニングをしてきました。
体調を崩すことなく、最高の状態で参加できたのは幸せでした。


ロングトレイルが自分好みであることは間違いないようです。
まだまだ見えていない限界を見てみたいと感じます。
かつて南海で活躍した名選手、門田博光は
たしか40歳でホームラン王に輝き、不惑と称されました。

 40にして迷わず、遊ぶ

家庭だけは顧みながら、ガンガン走りたいと思います。