9月28日(月) 深夜

アンカラ発のバスは、ネヴシェヒルのオトガルに到着。
セルヴィスに乗り換えて、目的地のギョレメに着きました。

降りたら、とにかく寒い。
おそらく、摂氏数度でしょう。

サフランボルで購入したセーターだけでは効果なし。
歯がガクガクしてしまいます。

とにかく宿に入りたかったので、ガイド本を頼りにとぼとぼ宿探し。
近くにある、「イシュタル・ホテル」に飛び込みました。


3_イシュタル・ホテル

↑イシュタル・ホテル(撮影:次の日)

カッパドキアエリアでは、安宿に属するホテル(1泊50TL=€25=\3,500)。

それなりですが、この夜は暖房がないことと、温水が出ないことで冷え切ったまま就寝。



9月29日(火)

目が覚めてすぐ、屋上に一服しにいくと・・・・


4_気球がいっぱい

↑空には気球がいっぱい

夜に到着したので、あまりの壮観さにビックリしました。
あわててともともを呼びにいきました。

朝焼けのカッパドキアを気球で観覧するツアーねぇ。
高価なので我々には縁が無いですが・・・


観光の前に、防寒対策として新たに手袋とウールのスカーフを購入しました。

5_防寒対策

↑手袋を購入!

陽も高くなって、だいぶ暖かくなってきました。

今日はスクーターを借りて周辺を観光しました。
ギョレメには何件かバイクレンタル屋さんがあります。
どうも、無免許でも大丈夫のようです。
ただ、事故を起こすと面倒よ、とアドバイスされました。
(道中、警察と何度もすれ違いましたが、全くお咎め無しでした)。

トルコでは着用義務の無いヘルメットを互いに身につけ、いざ出発。

6_いざ出発

↑カッパ号とパチリ(スカーフのおかげで暖か)

といっても、地図だけを頼りに知らない道を走るのは楽しくもあり、不安です。
最初はノンビリスピードでスタートです。


ほどなく、特徴的な奇岩に遭遇。
ウチヒサルと呼ばれる地区です。

7_ウチヒサル


ここは、本日のクライマックスですのでそのままスルー。


30分ほど走ると、近郊の都市、ネヴシェヒルに到着。
結構都会です。
しかも、昼時で近くに学校があるせいか、学生がたくさん。
学生たちに混じり、昼ごはんを食べる事に。
女学生たちがたくさん集っていたお店へ。

9_ランチはドネル・ケバーブ

↑ドネル・ケバーブ

女学生をまね、薄焼きのパンに巻いて食べてみました。

10_パンに巻いて

↑手際よくパンに巻いて

これが、とてもおいしい。
女学生がファスト・フードグルメなのは、万国共通です。


さて、せっかくバイクを借りたので、遠出しました。
近郊にいくつかある、「地下都市跡」を目指しました。
目的地は20km先のデリンクユという町。

デリンクユまでは、まさにTake it easyの世界。
ただただ、道だけが続きます。


11_デリンユクへ1


12_デリンユクへ2


13_デリンユクへ3


↑トルコは広いぞ!どーこまでも


1時間ほどでデリンクユに到着。
広くて何も無い道を走るのは気持ちが良いです。


さて、このデリンクユの地下都市。
紀元前400年の記録にあるほど、歴史は古いそうです。
約4万人が共同生活をしていたそうです。
その発祥や歴史には、まだまだ謎が多いとか。

では、早速入ってみましょう。

14_デリンユクの地下都市入り口

↑入り口から

15_地下都市1

↑迷路のような階段をどんどん下りていきます

迷路にはところどころに部屋のような空間があります。

16_地下都市2

↑ミーティングルームだとか

通気孔のような縦穴もあります。

地下都市の縦穴

↑通気孔かな?


よくも手作業でこれほど掘ったものだ。
よっぽどの理由があったんでしょう。

閉所恐怖のひとは、パニくってしまうかも。
それほど、深くて狭いです。


地下都市を後にし、ウチヒサルに向かいます。

途中、りんご畑のおじさんにりんごを頂きました。

りんごもろうた

↑りんごもろうた


夕刻、ウチヒサルに到着。

17_ウチヒサル到着

↑ウチヒサル

ごつごつした岩山に上ります。
眼下には、鳥肌のパノラマが広がります。

18_ウチヒサルより


19_ウチヒサルより


ウチヒサルからの絶景1


ウチヒサルからの絶景


写真では決して表現しきれていません。
絶景パノラマ。

地球の不思議です。

しばし見入ってしまいました。

20_旅人っぽくね?

↑職業旅人風(like ヒデ)


いやはや、カッパドキアもまさにワールド・ヘリテージです。


最後に、イシュタル・ホテルからみた夕焼けのローズ・ヴァレー。

21_ローズ・ヴァレー

見惚れてしまいました



好きです、こういうダイナミックな風景。

明日はさて何をしようか。
気がつけば、旅行を始めて2週間が経ちました。

残りはあと少し。




9/28

サフランボルでは実に数日振りに、穏やかな時間を過ごしました。

朝の空気はシャキッとするような冷たさでしたが、
ゆっくり散歩をして、朝の光を受ける木造家屋を眺めてきました。
おとぎ話のような風景なのに、
道にはバスが走って今まさに生活する人々が居る、
古い街というのは素敵です。
「俺、こういうとこ好きよ」とのりのりさんも何回言ったことか。



さよならサフランボル


そのサフランボルにも別れを告げて、今日は再び大移動日です。
移動ばかりしている旅なんて楽しいのかと思われるかもしれません。
実際、私は一ヶ所に居座る旅も好きです。
ですが、個人旅行の私たちにとっては、
毎日、次にどこへ行くかを考え、
片言の英語と、さらに単語だけの現地の言葉を駆使して切符を買い求め、
バスに揺られながら、同じ高速道路でも日本のそれとは全く違う風景を眺めるのも
また旅の面白さのひとつなのです。

特に、トルコの長距離バスは快適です。

走り出してしばらくすると、チャイかインスタントコーヒーのサービスがあります。
その際に小さなお菓子が配られることも。

お茶菓子のサービスはイランのバスにもありました。
ですから私たちのバッグには常に何か甘いものが入っています。

お茶菓子のあとは、コロンヤという香りのいい化粧水がふるまわれます。
乗務員さんがコロンヤの瓶を持って、乗客の掌に数滴ずつ振ってくれます。
柑橘系の香りでスーッとするので、気分もさっぱりです。

さて、今日は旅のお供に


スィミット


スィミットも持ち込みました。
ゴマたっぷりの、ベーグルのようなパンです。
トルコの人はこれを朝食やおやつに食べるようです。
街角では4個1トルコリラ(約65円)くらいで売っています。
(ひつこいですが、お手洗い使用料より安いのです。)

トルコのパンは危険です。


エキメッキ


いわゆるフランスパンですが、
皮がパリパリ、中は日本のものよりしっとりもっちり。
トーストの耳を残すのりのりさんさえ美味しいと言います。

何が危険と言って、どこでもかしこでも、パンは食べ放題なのです。
しかも、朝食のジャムやチーズも美味しい。
煮込みのスープはパンで吸わせて食べたいくらい美味しい。
いつまでもパンに手が伸びるので、
食事の度に、のりのりさんに呆れられています。

スィミットで小腹が満たされ、うとうとしているとアンカラに到着。


アンカラ・バスターミナル


この後、ギョレメ行きのバスに乗り換えます。
次に目指す世界遺産は、カッパドキア奇岩群。

『地球の歩き方』を読むと、観光地カッパドキアもイスタンブールも、
日本人を狙う悪い輩しかいないように書かれているので
(そんなはずは無いのでしょうが、居なくもないのでしょう)
気をつけてゆかねばならぬ、と思います。
サフランボルは、トルコ中部にあるオスマン時代の古い町並み。
世界遺産に登録されています。

出発前から、ぜひ訪れようと決めていました。


ところが。
トラブゾンのバス会社3社で、アンカラ~サフランボルのバスが満席と言われ、
一時は諦めました。

昨日、トラブゾンからアンカラに飛行機で到着した時間は、21:30.
そのまま宿に入りたい気分でしたが、予定が白紙のままじゃ寝られないだろうということで。

アンカラ空港から直接、バスでアンカラの巨大なオトガルに向かいました。

トルコのオトガルには、バス会社のカウンターが並んで予約も出来ます。
アンカラのオトガルはさすがに大きい。



奇跡を信じて、バス会社を回ると・・・・

あっさりゲット。

サフランボルに行ける事になりました。
23:00.


2夜連続でホテルに転がり込み、ビールを飲んで就寝。
晩御飯は食べ損ないました。
けど、サフランボルに行ける事で大満足。


27日(日) 9:00

アンカラのホテルを出発。
アンカラはあんまり魅力的じゃないので、今回は観光しません。

1_アンカラ


↑アンカラ市内

地下鉄を乗り継いで、オトガルへ。

地下鉄車内は、日本の大都市と全く同じですがシーンとしています。
都会では他人に対して無関心を装うのは、どこでも同じようです。
席の譲り合いも全く無し。


イランの風景がなつかしい。


定刻10:30出発。
約4時間のバスの旅です。


~トルコこぼれ話~

トルコの公共トイレは有料です。
大抵、入り口にはこんなブースがあります。

2_トイレは有料

↑途中のドライブインのトイレ

値段は0.5TL~1TL(30円~60円)。
安くは無いです。


そして、トルコではチャイを飲む機会が非常に多いです。

3_チャイは同額

↑トルコのチャイ

注文後すぐに出てきます。
そして、スグに飲まないとコップを持っていかれます。

ちなみに、料金は1TL未満です。

つまり、トイレとチャイはほぼ同額なのです。


~トルコこぼれ話 完~



バスはたった4時間で、サフランボルのオトガルに到着しました。
久しぶりの昼移動なので、風景を堪能しました。


4_サフランボルのオトガル

↑サフランボルのオトガル


オトガルからは、同じバス会社のセルビス(ミニバス)がクランキョイという町まで
無料で乗せていってくれます。

クランキョイは、サフランボルの新市街みたいな場所です。

トルコは朝晩冷えるので、日本から持ってきた服ではきつくなってきました。
そこで、クランキョイ唯一?の洋服屋さんで各々洋服を購入。

ともともは、微妙な色のジャンパーを買っていました。


サフランボル旧市街まではドルムシュと言われる公共ミニバスに乗ります。
乗り場まで歩いていると、おいしそうなロカンタ(食堂)についつい・・・・


5_久しぶりの食事

↑遅い昼食(30時間ぶりのまともな食事)


いやー、がっついてしまいました。
トラブゾンで食べた朝食以来のまともな食事。

空腹と薄着により荒んでいた気分も良くなりました。

6_クランキョイでドルムシュ待ち

↑クランキョイ~旧市街へのドルムシュ待ち


15:30

いよいよ、サフランボルに到着しました。
到着後、すぐにチェシメリ・コナック(ホテル)に直行。
ここは、200年前の民家をホテルに改修したそうな。

雰囲気のあるエントランス、元気の良い女将さんが迎えてくれました。

部屋も、調度品も雰囲気あります。

7_チェシメリ・コナック

↑チェシメリ・コナックの客室


すぐに荷物を置いて、世界遺産の町並みをブラブラしてみました。

8_サフランボル1


9_サフランボル2


10_サフランボル3


11_サフランボル4


さすがやね。ワールド・ヘリテージ。
お土産屋が並ぶ道並みを歩いても、高台から見下ろしても画になる。
写真や絵をやる人には、たまんないはず。

とてもきれいです。
僕はこういう感じ、かなり好きです。


旧市街は2時間ほどでブラブラし尽くせます。
観光客の人たちも大勢います。

ここで初めて、日本のおばちゃんグループを発見。
中年の人にも優しい街です。


さて。
サフランボル旧市街のド真ん中にはハンマーム(中東のサウナ風呂)があります。
女子用もあるようなので、ともともと行って来ました。

13_ハンマーム

↑サフランボルのハンマーム

ハンマームは僕自身2度目。
前回は、シリア・ダマスカスで経験しています。

今回は調子に乗って、あかすりとマッサージお願いしてみました。
薄暗い浴室で独り和んでいると、巨人が手にタオルを持って登場。

「アカスリ、マッサージ!」と声をかけてきた。

それから、15分ほど・・・・
巨人に背中を擦られ、石の床に寝かせられ身体を洗われ、
挙句の果てには、馬乗りでマッサージをされ・・・・

「Good? Good?」と利くので、「Goood!」と連呼していると、
怪力マッサージはその威力を増し・・・・

15分後、無事終了。
生きていてホッとしました。



サフランボル、来れてよかったです。


12_サフランボル5

↑せっかくなので、パチリ。


ともともの上着、微妙な色ですね。
僕はコーデネートうまくいきました。











2009.09.27 黒海と断崖
黒海沿いの街、トラブゾンです。
昨日までとは違う、しっとりとした空気の中、
のりのりさんは早起きしてジョギングに出掛けていきました。。
朝の黒海
朝の黒海。

私はゆっくり起きて朝ごはんをしっかりとり、スタミナ充分です。
ここトラブゾンでの私の目的は、ずばり。
断崖絶壁に建つスュメラ僧院への遠足なのですから。
ビザンツ時代の6世紀、イスラム勢力に追われたキリスト教徒が住んでいたそうです。

ツアーバスに乗りトラブゾンの街から約1時間。
切り立った岩壁に、見えてきました。

スュメラ僧院
ため息が出るような景色。

ここから山道を僧院目指して歩いて行きます。
なんだか、日本の山の景色と変わらないね、などと話していたら、
にょきっと
やはり日本では見られなさそうな景色も現れました。

さらに歩くと・・・・・・
見えてきました。
見えてきた!
本当にひっそりと、隠れ住んでいたことが伺えます。

建物には美しいフレスコ画が施されており、
今もかなり多く残っています。
外壁も、
フレスコ画外壁

僧院の中も、
イエス様

フレスコ画
当時はさぞ、鮮やかだったのでしょう。

絶景と、山の空気をたっぷり楽しんだ後は・・・・・・、
トラブゾン名物の魚料理で乾杯!
ビール飲んじゃいました。
ニジマスのムニエル
↑普通の、ニジマスのお味でした。


イランから来た私たちにとって、トルコはグルメ天国です。
選択肢が多いというのは本当に嬉しいものですねえ。

おやつも美味。
シロップ漬けパイ
シロップ漬けのパイ。アイスクリーム添え。
あと1週間、どれだけ食べ尽くせるかが楽しみになってきた、トルコの食。


さて、これから飛行機でアンカラに向かいます。
アンカラへ、そして・・・・・・
その後は・・・・・・お楽しみです。
9月24日(木) 22:30.

バス(イスタンブール行き)はタブリーズ<イラン>を出発しました。
僕たちは、途中の街、エルズルムで下車予定。
エルズルムから黒海に面した街、トラブゾンに乗り換え予定。

距離を考慮すると、出入国の時間を考慮しても10時間で行っちゃうだろう。
つまり、明日の9時にはエルズルムのオトガル(バスターミナル)で、
トラブゾン行きのバスチケットを購入している、という算段。


夕方には黒海を望めるね、と意気揚々の僕たち。


既に深夜なので、搭乗後すぐに寝入りました。
明日の朝は、黒海沿いをジョギングしようかな、なんて妄想して・・・

幾度かの休憩後、どうやら国境に到着した模様。
荷物一式を持って、他の乗客と一緒に出国手続きに向かいます。

まもなく、出国スタンプを押してもらうも、周りの様子がどうもおかしい。
普通ならこのまま出国して、引き続きトルコの入国手続きをするはずですが、
周りの人たちがイラン側の建物から出ようとしない。おかしい。

しばらく観察すると、どうやら国境が開いていないことが判明。
国境が開くまで待つ、ということのようです(誰かがアナウンスしたわけじゃないですが)。

9月25日(金) 4:30

とても寒く、外にでると身体が震えます。


1_寒いよー

↑かなり寒いです。

僕たちが乗ったのも含めて、10台ぐらいの大型バスが待っている模様。
ほとんど、イラン各地からイスタンブールに行くバスだそうです。



2_入国待ちのバスの列

↑国境ゲートが空くのを待つバスの列

建物内は大混雑しています。
僕たちは、あっちへうろうろ、こっちへうろうろしながら待ちます。


待つ事2時間・・・・・じつに2時間・・・

どうやら、ようやく国境が開いた模様。
トルコ側の入国手続きが1ブースしかないので、入国にも30分ほど待たされました。
30分後、ようやく僕たちのバスが国境を越えました。



3_トルコ入国

↑トルコ入国

入国スタンプを押してもらったのが7:00.

いやー、長かった。
やりつくした感じ。
けど、目的地はまだまだ先です。



4_マルハバ

↑マルハバ トルコ

イミグレーションの敷地を出るとき、トルコの国境警備員が全員のパスポートを
チェックして、いざ出発。
彼は、ともとものスカーフを見て、
「トルコは自由だよ、スカーフ要らない」と茶化していました。

そうそう、イランルールである女性の髪隠し。
すでに見慣れました。
むしろ、髪が見えることが破廉恥に感じる始末。


車窓から見える風景が何となく変わりました。
明らかに緑が増えました。
川にも普通に水が流れていました。
まるで、日本の渓流のよう。



5_トルコの風景

↑トルコの田園風景

エルズルムまでは約300km。
ホッとしたせいか、また居眠りしてしまいました。


9月25日(金) 11:00.

バスはドライブイン・レストランに到着。
聞くと、エルズルムはここから20km先だとか。
(だったら、エルズルムに降ろしてから休んでくれよー)。

ま、腹が減っては良い判断も出来ないので、二人でレストランへ。

料理を見て、国を越えた事を実感しました。


6_煮込み料理1

7_煮込み料理2



煮込み料理がたくさんある。
パンもサラダもおいしい。

お値段にも、国を越えた事を実感させられました。


さて。
そろそろ、バスが出発する時間。
バスに乗り込むと、車掌のイラニアンが大声で僕たちを呼びます。
どうやら、トラブゾン行きのバスにここで乗り換えろ、ということらしい。
(彼は、英語を全く話しません。)

とにかく、トルコ人を一人紹介されました。

バスは僕たちを置いて、イスタンブールに出発してしまいました。

ドライブインの駐車場で日向ぼっこしながら待つ事1時間・・・
先程のトルコ人が、違うトルコ人を連れてきました。

△×○?▼◎・・・・ <トルコ語>

言葉が全く分からん。
クルマを指差しているので、もしやと思い「タクシィー?」と聞いてみると。
「エヴェット(yes)」。
えー、トラブゾン行きのバスが来ると思っていたのに・・・・

トラブゾンまで約200km。
タクシーで行ったら、どんなに掛かるのよ?
「$30」 
え?「トラブゾン?」 
「エヴェット」

せっかくなので、バス代並みに値切る事に。
「€20?」 
「オーケー」

交渉成立。
€20でトラブゾンに行ける!

現在、13:30.夕方には着くんじゃない?
シャワーを浴びて、黒海のお魚フライでも食べようね、なんて想像。
ビールも良いかもしれない。
やっぱりタクシーは楽だよねー。
なんて、僕たちは完全に有頂天。

し・か・し。待てよ。
200km先まで、タクシーで€20(=\2,800)は安すぎね?
何かがおかしい・・・・


すると、20分後。



8_エルズルムのオトガル

↑エルズルムのオトガル(バスターミナル)到着


そいうことね。納得。
「トラブゾン行きのバスが発着するバスターミナルまで」ということでした。

イスタンブール行きのバスなので、幹線道路で置いてきぼりだったということ。

結局、
タブリーズ<イラン>~エルズルム<トルコ>の国境越えは、
料金(ふたり分): $60+$14(オトガルまでタクシー) 
時間: 出発22:30(定刻30分遅れ)→到着14:00(エルズルム オトガル)

15時間半もかかってしまった。
見積もりが甘かった・・・


さて、オトガルに到着後、ドライバーさんは親切にもトラブゾン行きのバスチケットの購入をサポートしてくれた。

既に午前便は行ってしまったため、次の出発は18時とのこと。
ま、夜到着は予想していましたが、まずはトラブゾンで泊まれそうで良かった。


10_トラブゾン行きバスチケット

↑トラブゾン行きバスチケット


深夜到着のホテル探しは大変。
シーラーズで一度懲りている。

そこで、ドライバーさんに一つお願いをしてみた。
ガイドブックに掲載されているホテルに、
携帯電話で今夜の部屋を予約してはくれないか? と。

ドライバーさん、強面だけどとても良い人でした。

ありがたや。

トルコの人たちは、やさしく出迎えてくれたようです。



9_エルズルムの風景

↑エルズルムの風景

エルズルムは冬季、マイナス20度になるそうです。
木々も色づきだし、秋の気配です。


9月25日(金) 18:00.

トラブゾン行きのバスが予定通り出発。
夕刻のトルコ路をバスは走ります。


11_トラブゾンへ

↑風景は僕の故郷の福島にどこか似ている



エルズルムのオトガルでお肉の煮込み料理をたらふく食べてきたので、すぐに熟睡。


9月25日(金) 23:30.

バスは、1時間遅れでトラブゾン到着。

バス会社のセルヴィス(乗り合いバス)で市街地へ。
真っ暗なので、黒海は見えないけど、空気がなんだか湿っぽい。


エルズルムのドライバーさんが予約してくれた、「NUR ホテル」に直行。
フロントでは、二人の日本人の到着を待っていてくれました。

転がり込むようにチェックイン。




タブリーズ~トラブゾンの移動に関しては、熟慮を重ねました。
旅行記を見ると、色々方法があるようですが、僕たちは結局25時間費やした。

こういう場合、ベストかどうかは問題じゃない、と考えるようにしている。
予測不能でやり直しが利かないのが、個人旅行の醍醐味なんでしょう。



直線距離にして実に650km。
総走行距離は、推定800km。
所要時間は25時間。


いやー、長かった。

とにもかくにも、第一目的地のトラブゾン到着です。


現在 :9月26日(土) 0:30.



アルメニア、アゼルバイジャン、トルコ、イラクに囲まれた街、タブリーズ。
これまで訪れた街と少し趣きが異なります。
人々の顔立ちも、より多様になりました。
急に肌寒くもなって、あわててセーターを着込みました。

街中では、煙草を吸う人が増えたように感じますし、水タバコ屋もよく見かけます。
狭い中でパイプを銜えた男たちがずらり座り、まるで映画で見るアヘン窟のよう。

ここでものりのりさんは握手を求められ、
握手

サインを求められ、と
サイン下さい
人気者です。

これまで、朝食付のホテルに泊まっていたのですが、
今日初めて、外で朝食を取りました。

通りがかったチャイハネにて。
窓にナン(薄焼きパン)がぶら下げられていたのは、
日本の喫茶店の「モーニングセットあります」と同じでしょうか。
チャイ
イランのチャイはティーバッグでも美味しいですが、
ここのは茶葉で一度に大量に淹れているからかなお美味しく、
アールグレーのような風味でした。

角砂糖を齧って口に含んでからチャイをすするのがイラン流です。
熱々をすするもよし、深めのソーサーに少しずつ移して冷ましながら飲むのもよし。
目許に深い皺の刻まれたおじいちゃまがこれをやるととても様になります。

イランの朝ごはん
焼きたてパンは焦げ目がぱりっとして、かき餅のようでした。
酸味の少ない濃厚なチーズに、たっぷりのはちみつ。



タブリーズで楽しみにしていたのは、バザール巡りです。
交易の中心として栄えてきただけあり、イランでも有数の規模なのだとか。

迷路のように広がるバザールは、通りごとに扱う商品が違います。

貴金属通り
貴金属ギラギラ。
こっそり持ってきたへそくりで買おうかと思いましたが、予算オーバー。

はちみつ屋さん
はちみつ屋さん。巣ごと売っています。

ナッツ屋さん
ナッツ屋さん。ピスタチオは特に美味しいです。

なつめやし専門店
滋養のあるなつめやし。甘~いです。

牛?足
豚足ならぬ、牛足?羊足にしては小さいですしね。

羊肉といえば、肉屋の店先に謎の固形物。
謎の固形物
羊の脂で作った石鹸だそうです。無駄がないですね。

楽ちんネクタイ
イランはネクタイご法度なのに。
トルコやアゼルバイジャンの人が買うのでしょうか?
しかもちょっと短い・・・・・・。

青果市には、日本でもおなじみの野菜や果物が並びます。
青果市
「安いよ安いよ」というような、呼びかけのダミ声も同じ。

勿論ペルシア絨毯もあります。
かなり高級そうな品ばかりで、私たちは声も掛けられません。
タブリーズの絨毯
タブリーズは絵画のような絨毯で有名なのだそうです。
見せてもらったのは、ペルセポリスの王様とお妃。

さて、またしても「サラーム!どこから来たの?」と声をかけてきた青年が。
バザールを案内してくれるというので、スパイス市場につれていってもらいました。
スパイス市
この袋、全部スパイス!

「これがカレー粉、これはライスに、これはケバブに」とお店の人が教えてくれました。
クンクン
ペルシアの香り確認中。
少量でも売ってくれるというので、4種類、150グラムずつほど袋に詰めてもらいました。

「20,000リアル(200円)で足りるかな」と、のりのりさんがお札を出すと、
お店の人が言いました。

「これは、英語でなんと言うのか分からないけれど、つまり、さしあげますよ」

スパイス屋さんがスパイスをただでくれると言うのです。

ちょっと信じがたいのですが、イランの人はこういうところがあります。

ヤズドでもそんなことがありました。
ケーキ屋でパイをふたつ買おうとすると、
ご主人、代金を受け取らないばかりかもうひとつお菓子をくれたのです。

これは推測ですが、
はるばる遠くから訪ねてきた旅人には特別のもてなしをするものだ、
そんな感覚をイランの人は共通して持っているのかもしれません。
それがイラン独自のものか、イスラムの教えに基づくのかは分かりませんが・・・・・・。

スパイス屋さんが、「英語で何と言うかわからない」と言ったのは、
単なる「GIFT」や「PRESENT」ではない、
特別の言葉がイランにはあるからなのではないでしょうか。

イランほど、イラン人ほど、誤解されている国も人々もないと、つくづく思います。
勤勉で、控えめで、おもてなし精神に溢れる人が本当に多いのです。


さて、イラン滞在もあと半日となりました。
最後のランチは・・・・・・
やっぱりチェロ・キャバブ。

イランの煮込み料理とか食べたいわ~と思っていたのですが、
「どうせ探したってないよ」とのりのりさん。
確かに、家庭料理風のものに一切ありつけません。
日本なら食堂にも居酒屋にも肉じゃがもおでんもありますが、
イランではまだ、外でわざわざ家庭料理を食べる習慣はないのでしょうか。

チェロ・キャバブ
けれど、とてもジューシーで美味しいキャバブでした。
ご馳走様でした。

いよいよ明日、国境を越えてトルコに入ります。
9月23日(水)


早朝、ヤズドのシルクロード・ホテルを出発しました。

1_シルクロードホテルの中庭

↑シルクロード・ホテル<ヤズド> 中庭にて


このホテル、料金・室・サービスとも満点です。
特にアリーさん、テキパキしていて親切な人。

早朝出発の僕たちに、朝ごはんをパッキングしてくれました。
ありがたや。

3_朝ごはん(ホテルのご好意)

↑朝ごはんをパッキングしてくれはった


さて。
先だって書いたように、テヘラン行きの列車は6:30。
アリーさんが手配してくれたクルマで、ヤズド駅に到着しました。

2_ヤズド駅

↑ヤズド駅


テヘランまでは約6時間。

4_テヘラン行き列車

↑ヤズド駅ホーム


列車は、思った以上にアバンギャルドな感じ。

5_イランの列車 車内

↑列車内


シートも広々。
身体が大きい僕でも、十分広いです。

6_イランの列車 シート離隔

↑ともともの足が届かないぐらい 広々シート


列車はそれほど早くないですが、後ろ向きのシート以外は快適です。

それでは、車窓からの風景を一部ご覧ください。


8_世界の車窓から 1

↑荒涼な大地


9_世界の車窓から 2

↑荒涼な大地

10_世界の車窓から 3

↑荒涼な大地


残念ですが、95%以上荒涼な大地です。
イランは、住居に適さない土地がほとんどという印象。


車内では、こんなサービスもあります。

7_イランの列車 チャイサービス

↑チャイのサービス


5時間後、テヘラン駅に到着しました。

テヘラン駅

↑テヘラン駅


タブリーズまでのフライトまで、時間があるので市内をぶらつく事に。

市バスで繁華街に向かいました。

テヘランは、さっすが首都。都会です。
歩いている人も、ちょっと垢抜けています。


11_テヘラン市内の女性

↑特に女性は垢抜けていますね


イランの女性は黒いチャドルで目線まで隠している、とお考えの方。
若い女性は、全くそうではないです。
写真の女性は、まだ優等生です。

ド派手なメイクで、アップにした前髪を見せちゃっている若者も多い。
風紀が乱れています。
困ったもんだ。


テヘランはシャレたレストランも多いですね。

12_テヘランのスペインレストラン

↑スペイン料理レストラン

このレストラン、メニューはドイツ語表記です。ややこしい。
ケバーブ以外(昨晩はピザを食べましたが、どこかケバーブ風味でした)を食べたのは久しぶり。
火の通った野菜も久しぶりです。
おいしく頂きました。


ついでに、こんなところも行ってきました。

13_テヘラン 旧××大使館前

↑テヘラン 旧××××大使館前


もちろん、立入禁止です。
今は何に使われているのか知れませんが、重ーい雰囲気が伝わってきました。
自由の女神の顔が、ドクロ。

歴史的大事件の舞台です。


というわけで、現在アミール・ホテル(Amir)のネットカフェから書いています。

そろそろ、メフラーバード空港へ移動します。


次回は、イラン最終目的地、タブリーズからお伝えできると思います。




9月22日(火)



シーラーズには思いのほか長く滞在することになりましたが、ようやく移動です。

といっても、バスの出発までの長かったこと!
宿をチェックアウトした後もロビーにチャイ一杯で居座ったり、
公園に行って憩う人々をただ眺めたり。


1_公園のおじさん

後で振り返ると、観光名所よりこういう景色が印象的だったりするのですが。

けれど、ただ公園に座っていても、退屈することはありません。
必ず、「サラーム!どこから来たの?」と、外国人と話したいイラニアンがやってきます。
英語のできない人はただ、のりのりさんに握手を求め、
英語を勉強している人は次々質問攻めです。
名前を日本語(カタカナ)で書いてほしいともよく言われます。

誰かが同じことを言っていましたが、
もし、「自分は誰からも相手にされない、必要とされていない」と悩む人がいたら、
イランひとり旅をおすすめしたいです。
公園にいるだけで人気者になれますから。

私たちも拙い英語でイラニアンの生活に聞いてみたところ、なんと!
「僕の家には今もお酒、あるよ。」という人がいました。へえ~。
確かに、革命前の生活を知っている人なら、アルコールだって恋しいでしょうね。
また、「僕は無宗教だ」という若い人もいました。
イラン人もいろいろです。

さて、本当にようやく夜行バスに乗り込み、
ちょっと眠ったらもうヤズドについていました。
イランのほぼ中央、沙漠都市ヤズド。
朝はセーターが欲しいくらいです。

まだ暗く、眠い目をこすりながらの宿探しになりましたが、おかげで


2_金曜のモスク

金曜のモスク


3_アミール・チャグマーグ

アミール・チャグマーク
こんな景色に出会えました。
早起きは三文の徳です。

5時ぴったりに、大音量のアザーンが聞こえてきました。
お祈りの邪魔をしないようにそおっとモスクに入ってみました。


4_礼拝時間

クルアーンを読む声が、モスク内に響きます。
ひんやりと、清清しい朝です。

夜が明けて、宿も決まりました。「シルクロード・ホテル」。
中庭のきれいな、雰囲気のある伝統家屋風ホテルです。

英語も通じるし気が利くし、しかもお安い。
朝ごはんの後、ヤズド市内観光に出ました。

ヤズドは、ゾロアスター教の中心地でもあります。
まず向かったのが、沈黙の塔。
1930年まで、ゾロアスター教徒が鳥葬を行っていた場所です。

ツアーもありますが、私たちはすっかりおなじみの市バスで向かいます。

バス停で行き先を連呼していると、誰かが乗るべきバスを教えてくれます。
ここで一旦のりのりさんと離れて私は後方の女子席へ。


5_市バス女子席

降りる時にのりのりさんとはぐれないように、席でも行き先を連呼すると、
乗客全員で降りるバス停を教えてくれるのです。

ちなみにイランの物価は日本の1/3~1/5くらいですが、
交通費は破格です。
市バスは1区間(結構長い)たったの5円。さすが産油国。

運転手さんも、乗客がきちんとバス代を払っているかなど無関心の様子です。

バスを降りて歩くと、見えてきました。


6_沈黙の塔

↑この奥に円形の塔がもうひとつ。とことこ登っていくと……



7_スニーカー必須

入り口が。結構ハードです。スニーカー必須。


8_弔いの場所

中には大きな穴がぽっかりと。ここが鳥葬の場。
「骨とか、あるかもしれないよね。いや、早く帰ろう」とのりのりさん。
まあ、日本で火葬場を見学するようなものですからね。帰りましょう。

再び行き先連呼作戦でバスに乗り、次の目的地へ。
1,500年以上前から絶えないという聖火の見られるゾロアスター教神殿へ。
ここは、なんと言いますか……大変興味深くはありますが、
威厳に欠けると言いましょうか。
比叡山延暦寺で見た数百年耐えない火(うろ覚えですが)の方が荘厳です。

さて暑くなってきたし、宿に戻るのかと思っていたら、
のりのりさんがバスを降りよう、と合図してきました。


9_塔フェチ

「気になってたんだよね」と興奮気味に言います。
(塔好きなのは知っていましたが、日本の三重の塔、五重の塔だけかと思っていました。)
イランの伝統的住居の特徴のひとつ、風採り塔です。
ここから吹き込む風が家屋内を通り、涼しくなるのだとか。ふう~ん。

本日のランチ。本日も、


10_チェロ・キャバーブ

チェロ・キャバーブ(白ごはんとケバブのセット)と、ドゥーグ(飲むヨーグルト)。
なかなかスープや煮込み料理に出会えません。いっつも、ケバブ。
「ほら、ケバブとドゥーグのエイヴァーン風ランチ」(のりのりさん)

エイヴァーン?


11_エイヴァーン

コレのことを、言っているようです。



9月21日(月) 午前11時。

当初の予定であれば、今頃、第3の目的地ヤズドへ移動中でした・・
ところが・・・・・・


シーラーズ到着後宿泊したホテル「ササーン・ホテル」は無線LANが使えないので、
昨晩から近くの「ルーダキー・ホテル」に移動していました。
(実際のところ、ロビーでしか無線LANが使えないのですが・・・)

このルーダキー・ホテル。
受付のおじさんは全く英語が通じません。身振り付でもダメ。

ところがチェックイン時、マネージャーっぽい人(英語堪能)たまたま居合わせたため、
彼に、ヤズド行きのバスチケット予約をお願いしていたわけです。
彼は、人数、希望時刻(午前便)をメモし、「オーケィ!」と自信満々でしたが。



昨晩、御飯行くついでにチケットの受け取りを希望したところ、
受付のおじさんに「そんなの知らん」という顔をされました。
そこで、マネージャーに電話で確認してもらったところ・・・・
「In the morning ,I asked the bus ticket to Yazd. How is it?」(ともともの流暢な英語)
マネージャー殿 「No.」

えー。どういうこと?
どうやら、受付のおじさんが仕事をサボってしまった模様。
一瞬、彼を恨みましたが、まあ、よくある話で。

こういうときは、自分たちで行動あるのみ。
長距離バスターミナルまでタクシーで行ってみる事に。

そうしたら・・・

バスターミナルは大混雑


↑長距離バスターミナルは大混雑

ラマザン明けの休日だったせいか、すごい人。
イラニアンの民族大移動。

いやーな予感は的中しました。


ヤズド行きチケット購入

↑長距離バスターミナルのカウンターにて

「明日午前中のヤズド行きは?」 「フル!」
アベイラブルは、夜10時発だとか。

しばしの家族会議の末、まずはその便を予約することに。


ヤズド行きチケット

↑ヤズド行きのバスチケット

市街地に戻り、腹ごしらえ。
今晩も主食はケバーブですが、隣のおじさんが食べていたものも指差し注文してみた。



今晩もケバーブ

↑おこげのトマト煮(手前)とケバーブ

トマト煮はちょっとしょっぱいですが、ケバーブばかりの味覚には刺激的でした。
ともともは、本日2本目のドゥーグ(しょっぱいヨーグルト飲料)をゴクゴク飲んでいました。


晩御飯を食べながら、移動に関する第二回家族会議。
イランから陸路でトルコに抜けるための経由地はタブリーズ。
タブリーズはテヘランから西へ600km。
ヤズドからタブリーズまでの移動手段を想定すると、

第一希望:ヤズド~テヘラン~タブリーズを電車で移動。直通があるか不明。
第二希望:ヤズド~テヘランを電車で移動。~タブリーズを飛行機で移動。
第三希望:ヤズド~テヘランを飛行機で移動。~タブリーズを寝台列車で移動。

長距離バスはもうたくさん!ということです。
明朝、ツアー会社に行って決めちゃいましょう、ということで会議終了。


今朝(21日)、早速ツアー会社に行ってみました。



旅行会社にて

↑パールス・ツーリスト(Pars Tourist Tour)カウンターにて


ここは、フライトも電車も予約できます。

まず、ヤズド~テヘラン~タブリーズの電車直通は無し。
テヘラン乗換えに6時間ほど必要だとか。
よって第一希望は、断念。

第二希望は、大丈夫でした。ほっ


テヘラン行き電車チケット

↑ヤズド~テヘランの電車チケット(23日 午前6時発→12時着)



タブリーズ行きフライトチケット

↑テヘラン~タブリーズのフライトチケット(23日 午後6時発→7時半着)

テヘランの乗り換えで多少待つけど、ターミナル~エアポート移動もあるしいいか。
23日晩に、タブリーズに到着できそうです。
ちなみに、飛行機の料金は一人370,000リアル(=\3,700)です。安い。


あー、良かった。
「最初っから予約すればいいんじゃないの?」と思われる人もいらっしゃるかもしれない。
結局そうなんですが、この行き当たりばったりが、たまらんのです。
勝手に個人旅行の醍醐味だと信じているわけです。
ともとももそう信じているので、家族会議もスムーズです。


そんなわけで、今日は夜まで時間があるので、昨日入れなかった観光地を巡ってきました。



マスジェデ・ヴァキール 南エイヴァーン

↑マスジェデ・ヴァキール 南側エイヴァーン



マスジェデ・ヴァキール 真珠のアーチ

↑マスジェデ・ヴァキール 北側エイヴァーン(真珠のアーチ)

マスジェデ・ヴァキールはザンド朝を代表する寺院建築だそうです。
最も特徴的なのは、タイルの彩色。
花や木などが写実的に描かれています。色彩も鮮やかで美しい。



次に、マスジェデ・ナスィーロル・モルクを訪ねました。
ここは、ある理由があり、午前中の早い時間がベストタイム。



マスジェデ・ナスィーロル・モルク 礼拝堂1

↑マスジェデ・ナスィーロル・モルク 礼拝場

東側窓のステンドグラスから差し込む光が鮮やかです。
うっとり鑑賞しました。


マスジェデ・ナスィーロル・モルク 礼拝堂1



マスジェデ・ナスィーロル・モルク 礼拝堂3



すばらしい。
写真クラブみたいな一団が興奮気味にレンズを向けていました。
写真やるひとは、たまんないのでしょう。
けど、一見価値あります。

バスチケット・ハザードのおかげですね。



次回は、ヤズドから報告できると思います。
いよいよ、イランも佳境です。
9月20日(日) 

何度か書きましたが、昨日までイスラーム暦ではラマザーン(断食)月でした。
敬虔なムスリムは日中は飲食はおろか、喫煙もしないのです。

そのため、喫茶店もレストランも休むところが多く、
開店していたとしても、出入口にはカーテンがかけられ、
お客もなんとなくこっそり入ります。

こっそり


断食を免除されている人たちなのか、不届き者なのかは不明です。

私たちも、昼食を食べる所が見つからずプチ断食をしていたのですが

イラニアンバーガー


今日はお昼にありつけました。イラン人も大好きハンバーガー。
中のハンバーグや野菜が、どことなくエスニックな香りです。

腹ごしらえもしたことですから、シーラーズ市内観光に出掛けましょう。

クルアーン門


旅人の安全を見守るというクルアーン門から市街を見下ろします。
こういう景色を見ると、遠い所へ来たものだとしみじみ思います。

この近くに眺めのいいチャイハネがあるというのですが見つかりません。
一軒あったカフェは眺めも良くないしチャイもないのですが、
水タバコがあったので、休むことにしました。

水たばこ


のりのりさん念願の水タバコ。なかなか、喫める店がありませんでした。


一息ついて再び市街地へ。

シャー・チェラーグ廟


シーア派の巡礼地であるシャー・チェラーグ廟。
内壁とドーム天井が鏡のモザイクでまるで万華鏡のように美しい、そうです。
残念ながら異教徒はモスク内に入れず未確認ですが。

中庭だけなら私たちも入れます。ただし、

チャードル姿


女子は貸してくれるチャードルを着なければなりません。
写真撮影も禁止ですが、外観や、ちらりと見える内装は確かに
とてもきれいでしたし、熱心なお参り姿に触れるだけでも
入った価値はありました。

再び歩きます。
バザールを通ってみましょう。

バザール


婚礼衣装屋さんでしょうか?

しかし、人気のあったのはわずかなお店で、どうもひっそりしています。
にぎやかなバザールだと、地球の歩き方には書いてあるのに、
まるでシャッター街。シーラーズって、さびれてる??

首を捻りながら、本日最後の観光スポットへ。

マスジェデ・ヴァキール


マスジェデ・ヴァキール。
「真珠のアーチ」と称される美しい門。特徴的な、低い尖塔。
さあ、中に・・・・・・。あら。でっかい鍵が、かかっています。

近くの土産物屋で聞いてみました。
「昨日でラマザンが終わったから、今日は祝日なんだ。明日おいで」

あれれー。
バザールは、寂れているのではなく、お休みなのです。
言われてみれば、クルアーン門でも、家族連れのピクニックが多かったし、
シャー・チェラーグ廟にも、大荷物で地方から来ているような人がいました。
いやいや、うっかりしていました。祝日とは。
ラマザン、終わっただけでは終わらない、私たちのラマザンでした。
9月19日(土) のりのり作


昨晩(18日)21時、エスファハン発のバスは旅の第二の目的地シーラーズに到着しました。
シーラーズはエスファハンに次ぐイランの観光地です。

長距離バスでの疲れ+空腹のため、バスターミナルからはタクシーを利用し市街地へ。
3件ほどホテルを見て回り「ササン ホテル」に決定したのが22時。
いずれのレストランも既に閉店していたため、
商店で購入したチップスで空腹を満たして就寝しました。


19日(土)朝

空腹で目が覚め、ホテルの朝食(ジャム・バター無しのパン)を貪り早速外出。

今日は、旅行の目玉の一つである「ペルセポリス」一日遠足です。

ペルセポリスは、シーラーズの北50kmほどにあるアケメネス朝(紀元前550年~)の都です。
つまり、およそ2500年前に建造されたということです。

誰が言いだしっぺか知れませんが、中東の頭文字Pで始まる古代遺跡である、ペトラ(ヨルダン)、パルミラ(シリア)、ペルセポリス(イラン)は「中東の3P」と呼ばれています。
お気づきの方も居るかもしれませんが、私は昨年の旅行でリーチ(パルミラ、ペトラ)でしたので、
今回で上がりというわけです。
ちなみに3Pが揃っても、誰に何かを貰えるわけではありません。

通常、シーラーズからペルセポリスはタクシーをチャーターするようですが(およそ$45)、
我々はノンビリ(実はケチって)ミニバスで行く事にしました。

まずは、昨晩到着したバスターミナル(テルミナーレ カーラーンディーシュ)へ歩いていきました。

バスターミナルへ

↑ノンビリ散歩しながらバスターミナルへ

途中、八百屋さんでシーラーズ名産のブドウを買いました。
粒が不揃いですが味は最高! 甘すぎるぐらい甘い。

40分ほどでテルミナーレ カーラーンディーシュへ到着。
長距離バスターミナルの正面にある、ミニバスのターミナルへ。
目的地は40km離れた町、マウヴダシュト(ペルセポリスの近く)ですが、
ペルシャ文字が分からないため、どのバスに乗っていいか分からず。

こういう時は、あたり構わず聞くに限る。
案の定、「マウヴダシュット? マウヴダシュト?」と聞きまわると、
近くにいたおじさん全員が指差してくれた。

バスターミナルのおじさんたち

↑バス停のおじさんたち

こんなバスです。

ミニバス

↑マウヴダシュト行きのミニバス

早速乗り込みました。
イランルールに従い、ともともと離れて着席。

ミニバス車内から

↑ミニバス車内

途中、急な山道を登っていたので、GPS時計で標高を確認したらなんと海抜2,000m。
何となく空が近い気がします。

揺られること約1時間。
マウブダシュトに到着。

スグにタクシーを捕まえれば良いものを、日陰でブドウを食べながら休んでいると・・

子供と戯れ

↑子供たちと戯れるともとも

すぐに近所の子供たちが集まってきて、難解なペルシャ語による質問攻め。
全く会話が成り立ちません。ギブアップ。
ともともには旅行前、ペルシャ語の一般会話を勉強するように言っていたのに、
どうやらサボっていたようです。
そのくせ、ともともは写真の女の子にガムを貰っていました。


しばらく戯れたあと、乗り合いタクシーを捕まえてペルセポリスの正門前に到着しました。
約15分、3万リアル($3)。

ペルセポリスに到着

↑ペルセポリスに到着!

真昼の強い日差しには消耗させられます。
よって、とりあえず、何か冷たいものを食べる事に。

ファルーデ

↑ファルーデというイランデザート

このファルーデ、一見そうめんみたいですが、シロップをかけて食べる冷たいお菓子。
原料が何か分かりませんが、冷たくておいしかった。


精気もみなぎったところで、いよいよ園内へ。
細かい説明も何ですので、ベストショットを何枚か紹介します。


クセルクセス門

↑ルクルクセス門



人面有翼獣

↑人面有翼獣身像

人面の部分は、偶像崇拝を嫌うイスラム教徒により破壊されたそうです。




ルクスクセス門柱

↑ルクルクセス門の門柱

門柱遺跡好きとしては、たまらんです。




玉座の王像

↑玉座の王像

いたるところに、このような精緻なレリーフが現存しています。




ペルセポリス全景

↑小高い王墓から見た全景


ペルセポリスの見所は、アパダーナ(謁見の間)の側面にあるレリーフです。
当時、アケメネス朝は、東はインド、西はトルコやリビアまで勢力が及んでいたそうです。このレリーフには、王に献上する属国の使者が特徴的に描かれています。
一部を紹介します。




レリーフ(アッシリア)

↑アッシリア(現在のイラク)の使者は編み上げブーツを履いている




レリーフ(ガンダーラ)

↑ガンダーラの使者はマントと槍と盾が特徴的




レリーフ(インド)

↑インドの使者はヒンドゥーの正装ドーティで


どれも、かなり精緻で、保存状態も良いので必見です。


最後にアパダーナ(謁見の間)跡です。
当時は高さ19mの柱が36本あり、レバノン杉で作った屋根を支えていたようです。
現在はそのうち12本の柱が残っています。




アパダーナ(謁見の間)

↑アパダーナ(謁見の間)

すばらしい。
約2500年の間、この場所に、そのままあったことがすばらしい。
しばし思いを馳せてしまいました。



3Pを振り返ると、ヨルダンのペトラは規模、見所においても他を圧倒している気がします。
岩の間から見えてくる、エル・ハズネはドラマチックでしたし。
しかし、共通して感じる事は、盛者必衰。


2500年後の人たちは、日本のどんな遺跡を楽しんでいるんでしょうか。


帰りもマウヴダシュト経由でシーラーズに戻ってきました。




最後に。
ケチった効果はあったのか?
タクシーチャーターの場合は$45ですが・・

☆ ミニバス(シーラーズ~マウブダシュト):二人往復2万リアル($2)
☆ タクシー(マウブダシュト~ペルセポリス):往復6万リアル($6)
☆ ペルセポリス入場券:二人1万リアル($1)
☆ おやつなど:約2万リアル($2)
☆ イラニアンとのふれあい:プライスレス

お金で買えない(=お金が無くて買えない)価値がありました。


明日は、シーラーズ市街地を観光予定。
多少疲れが出てきたので、ノンビリと行きましょう。


9/18(ともとも作)

午前中に次の目的地に向かうべく、朝早めに宿を出ようとしたところ、
オーナーが長距離バス予約の電話をかけてくれました。
すると「昼過ぎか深夜しか空いていない」とのこと。

「昨日言ってくれたらよかったのに!」とオーナー。
私ものりのりさんもこれまで安いゲストハウスばかりに泊まってきて、
上げ膳据え膳のホテルのサービスに慣れていないのでした。


バスの時間まで市内を散歩することにしました。
といっても今日は金曜日、商店は閉まり、モスクには入れません。
スィー・オ・セ橋あたりの公園で涼もうと、歩き始めました。

スィー・オ・セ橋はいつも人で賑わっているそうです。

イラン人カップル

↑一応、デートもできるようですね。

私たちが歩いていると、すれ違う人が口々に、
「ハーイ」「サラーム」「どこから来たの」と声をかけてきます。

バスの運転手さんや、

バスの運転手さん

↑のりのりさんは「ウズベキスタン人か?」と聞かれていました。

地方からエスファハン観光に来た人たち。

おじさんと僕


皆私たちに興味深々、片言の英語で話しかけてきます。

エスファハンはどうだ、日本の技術は素晴らしい、日本の文字は何文字あるのか・・・・・・。
素朴な疑問満載です。

さて、ホテルに戻ろうと再び歩き始めると、なにやら人だかり。
どうも、デモが行われている様子。警官も辻々にいます。
なんとか騒ぎから離れながらホテルに到着。いよいよシーラーズへ。

バス停で出会った男前の少年たち。

イケメン天国


バスチケットが足らなくてまごまごしている私に、自分のを一枚ちぎってくれました。

予定より出発は遅れましたが、これもまた一興。
エスファハーンの人々とふれあいの一日でした。


エスファハン最後の夜。

絨毯も買わずに済んだ事ですし、ともともをディナーに誘いました。

場所はエスファハンで文句無しのNo.1ホテル「アッバースィー」の中庭レストラン。
投宿しているホテルのおじさんにお勧めされました。


ラマザン中ですので、20時過ぎに伺いました。
豪奢なロビーを抜けると、別世界がありました。

ホテル アッバーシー

↑アッバースィーの中庭レストラン

音楽が流れ、泉が流れる空間。
地元の人も、何となくリッチな装いです。

2つあるレストランのうち、トラディッショナル レストランへ。

どうやら、ブッフェ式のようです。

早速、ともともと料理を選びました。
ケバブばかりでなく、スープやサラダ、煮込み料理も豊富です。

ディナー2

↑なぞの料理も含めてとりあえず席へ

ディナー1

↑こっちも


ディナー3

↑スープは全種類いただきました

トマトスープ、ケバブ、ピラフinピーマン、ツナサラダ、ピクルス各種、
ほうれん草の酢漬け、なぞの料理も・・・
食後にはきゅうり入りヨーグルトも頂きました。

そして、飲み物は昨晩も飲んだヨーグルト風飲料「ドゥーグ」。
今回飲んだものは、スパイスが入っているようです。

ふたりだけの食事だと、通常は種類が限られますが、
ブッフェだと量が調整できるので、多種を楽しみました。

が、冷菜、煮込み、スープなど種類を問わず、発酵系酸味食品が多い。
日が過ぎたキムチを「おいしー」と食べられるともともは、お好みのようですが、
だし・しょうゆ好き典型日本人の僕としては、ややひつこい感じ。

しかし、ここのケバブはしっとりしておいしかったです。


ここの中庭は、確かに豪奢です。
ただ、静かに食事をしたいなら、イマイチです。
子供たちがはしゃいでしまって、周りをウロウロしたり、かけっこしたりしています。
日本のファミリーレストランのような感じで。
子供が席を離れて騒いでいるのに、親たちが食べ続けるのは日本の悪習同様です。


ちなみに、食事料金は一人13万リアル=$13です。


食後、せっかくなので、エスファハンのシンボルである、スィー・オ・セ橋までお散歩をしました。
なんと、1602年に建造されたものだそうです(江戸城よりも古い)。


スィー・オ・セ橋1

↑たいへん効果的にライトアップされています

下の川原にはチャイハネ(喫茶店)があります。
チャイを一杯いただきました。

スィー・オ・セ橋2

↑スィー・オ・セ橋のたもとにあるチャイハネ

水タバコを期待して言ったのですが、サービスしていないようです。

同じ中東でも、シリア・ヨルダンでは、いたるところに水タバコ屋さんがありましたが、
イランでは未だにお目にかかれない。
(もちろん、日中はラマザンでので、仕方ないですが・・)



聞くところによると、ラマザンは土曜日が最終日だそうですので、
イラン後半はチャイハネで水タバコをスパスパしながら、読書でもしたいもんです。


今晩は多少風がありましたが、長袖シャツ1枚で心地よい気候です。



明日はバラと詩で知られるシーラーズへ移動の予定です。




「イランの真珠」とも言われる古都エスファハーンを練り歩いてきました。

私たちのような外国人だけでなく、イラン各地からの観光客も多いようです。
ハシュトベヘシュト宮殿
ハシュト・ベヘシュト宮殿で記念撮影をするイラン人家族。

「エスファハーンは世界の半分」という言葉があるそうです。
エマーム広場
それはここエマーム広場に、政治・経済・宗教のすべてが集約されていたからだそうです。
現在も、政治は別としても様々なものを見て楽しめる広場です。

なんといっても、この美しい寺院でしょう。
エイヴァーン

モザイク
息を飲むような美しい色と形の門。

門をくぐると、ドーム状の礼拝堂があるのですが、この天井がまた素晴らしい。
マスジェデ・エマーム

デザインは様々で、こちらの寺院の天井は基本色がベージュで、形も孔雀のようです。
マスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラーa

すっかり見惚れて見上げていたら、
「口、開いてるよ」とのりのりさんに注意されてしまいました。


さて、次なるモスクはマスジェデ・ジャーメ、金曜のモスクです。
イラン最古で最大のモスクだそうですが、元々は拝火教(ゾロアスター教)の寺院だったそうです。
マスジェデ・ジャーメ

青い空に鮮やかに映えるブルー。
最古の寺院

そうっと、中を覗きました。
礼拝中
女性用礼拝堂。
お祈りをしている人も勿論いますが、寝転がったり、おしゃべりしたり、
市民憩いの場、という感じです。

この、金曜のモスクの内装は先程とは趣が違います。
金曜のモスク

目を見張るような鮮やかなタイル造りではありませんが、
いくつもの小さなドームの天井のデザインは全て異なるのだそうです・
ドーム、ドーム、ドーム
重厚感があり、侘び寂び好きの日本人には、こちらの方が有り難味を感じるかもしれません。
そして柱好きののりのりさんには垂涎ものの寺院でした。

コーランと動物
↑精密な彫り物は、コーランの言葉といろいろな動物。


さて、この周辺には迷路のようなバザール(市場)もあります。
売り物は様々。

銅製品
銅製品の食器や装飾品、その工房。

肉屋さん
お肉屋さんは、肉汁のついた手でのりのりさんに握手を求めてきました。

香辛料屋さん
キャバーブ(肉のグリル)に使うのでしょうか、いろいろな香辛料。

ナッツ屋さん
ナッツやドライフルーツ。

そしてイランと言えば
ペルシア絨毯
ペルシア絨毯。
かなり心動きました。
危うく、残りの旅がハネムーンとは思えない貧乏旅行になるところでした。

絨毯を我慢したので、今夜は夕食を奮発する予定です。
テヘランのイマム・ホメイニ空港のコーヒーショップにはAM5時までいました。

気力も回復したところで、タクシーでテヘラン市内まで行くことに。
イマム・ホメイニ空港は市街地から50km離れているのに、
移動手段はタクシーだけです。

空港のタクシーは、これまで海外でいい思いをしたことがないので、
念のため、複数の運転手に値段を確認。
ガイドブック記載相当の金額(20万リアル=$20)を確認し乗車。

当初は、イマムホメイニ広場まで行って、メトロを利用してちょこっと観光するつもりでしたが・・・


南ターミナル

↑なぜか南バスターミナル(エスファハン行きターミナル)に到着


どうやら、車内で「エスファハンに行くんだ」と話したのをドライバーが勘違いしてしまったようで。
AM5:40、メトロもまだ動いていないし、このままエスファハンに行ってしまおう、ということに。
ま、ぶらり旅行の醍醐味か。


バスターミナル内

↑バスターミナルの中にはたくさんのバスカウンターがあります。

その中の1つ(というより、親切なおじさんが教えてくれた)を選び。

バスチケット

↑エスファハン行きバスチケット購入(2人で11万リアル=$11 安い!)


出発まで30分ほどあったので、小用を足そうとトイレに行ったら、人だかり。

イラン式

↑イラン式の男子トイレ(食事中の方、すいません)

男子も女子同様ボックスになっているので、扉の前に自然と順番待ちの列が出来ていました。
意外と整然と並んでいるんですが、時々不届きなおじさんが脇入りしてくる。
目でプレッシャーをかけて制しつつ、15分後ようやく完了。


そんなこんなで、バスは定刻より30分遅れてAM7出発。

看板

↑テヘランからエスファハンまでは400km超

バスは走るよどこまでも。
ともともはよく寝るよなー、と感心しながら砂漠の中を延々と走ります。
ラマザン(イスラムの断食月)中なので道中、お菓子を堂々と食べる事もままならず。

パーキング1

↑エスファハンまでの高速道路

遠くには岩山が見えます。
途中に町はありますが、ほとんどこんな風景。
けど、道路が整備されている事と、運転マナーには感心(日本よりも安全運転です)。


走る事5時間。
途中に1度だけ休憩に立ち寄りましたが、あとは走りっぱなしで。

ようやく、古都エスファハンのバスターミナルへ到着しました。

テルミナーレ・カーヴェ

↑エスファハンの北バスターミナルに到着

テヘランの早朝は涼しかったんですが、真昼の日差しは強烈です。
ただ、乾燥しているから、日陰は涼しいのですが。



さて。
ようやく最初の目的地に到着したので、これからが旅行の始まりです。

なんちゃってバックパッカーとしては、
市街地まではタクシーではなく、市民の足である市バスを利用。

市バス

↑市バス(10枚券=5千リアル=$0.5=50円、市街地まで2枚利用)

英語が通じないけどとても親切なおじさんからバスチケットを購入し、
しばらく待つと、目的地行きのバスが到着した模様。

親切なチケットおじさんは、既に乗車している乗客に対して手当たり次第に
「この人たちエマム・フセイン広場行くから降り場を教えてやってくれ」と声をかけてくれた。

ちなみに、市バスは車内中間に区別柵があります。
男子は前側、女子は後ろ側に乗る事になります。
この辺は厳格なイスラム国家です。

黒いチャドルの女子に混じって胡散臭い格好のともともが乗車。
僕は乗車直後、親切なイラン人紳士に席を譲ってもらった。

日本人に対して興味深々の視線を感じつつ、出発。
早速「Can you speek english?」と話しかけられ、
僕のワールドワイドな英会話で十分会話を成立させながら、
進む事15分。
周りから「メーダーネ イマム フセイン!」と声をかけられ下車。

イスファハン イマム・フセイン広場

↑エスファハン イマム・フセイン広場到着!


いやー、イラン人は親切です。
親切心とスケベ心が曖昧な国もありますが、イラン人は単に親切。
「僕、ホテル知っているよ」とか、「観光案内するよ」なんて強烈な誘いは皆無です。

地図を見ながら歩いていると「May I help you?」と声をかけてくれる。
見習うべきところです。


ただ、やたらと握手を求められます。
「どこから?」と聞かれ「ジャポーン」と答えると、握手を求められることがある。
不思議です。

バスの中で話した若者は、日本人が好きだと話していました。
「なぜ?」と聞くと、「勤勉だからだ」と話していました。
非常に貴重な話だと感じました。



その後は、ガイド本に掲載されているホテルを5件ほど回り、
それぞれ部屋を見させてもらい、価格交渉に敗れながら投宿先を決定。

エマーム広場などの観光地に近い「イラン ホテル」に決めました。
2泊で64万リアル=$64=\6,400.
ホットシャワー、朝食、無線LAN付です。


あー疲れた。
成田を出発して丸2日。
ようやく、のんびり観光出来そうです。





2009.09.16 テヘラン到着
いよいよ、横浜ふたり暮らし中近東編のスタートです。

最後の晩餐
成田空港で日本食に別れを告げ(のりのりさんは特濃とんこつラーメン)、
トルコ航空に乗り込み、出発です。

味噌味機内食
ま、機内食も日本人向けのごはんと味噌味のおかずでしたが。

成田からイスタンブールまでは約12時間。
飛んでイスタンブール
こんなところ、飛んで行きます。
「カザフスタン」などと見ると、ドキドキしますね。

イスタンブールに到着後はわずかな待ち時間でテヘラン行きに乗り換えです。

イランは入国の際、ビザが必要なのですが、
日本国内では、ツアー旅行でないと取得ができません。
テヘランの空港でアライバルビザが取れると聞き、どきどきのビザなしでやってきました。

去年、シリアに入国した際は、並ぶ事を知らない人々がカウンターに押し寄せ、
係員もタバコを吸いながら携帯電話で話しながらの作業で随分待たされました。
今回もそれを覚悟してきたのですが・・・・・・

あっさりクリア。

イランの人ってかなり真面目で勤勉なのかも。
ビザを申請しても、難癖を付けられることがあるとも聞いていたのですが、
係員のおじさまたちは、なんともにこやかでした。

ビザカウンター
↑この、怪しい行商人スタイルが効いたのでしょうか。

キターッ
↑午前2時のイマム・ホメイニ空港にて。

イスタンブールから、乗り継ぎはいいものの到着は深夜。
「青白い蛍光灯がひっそりついて、誰もいないような空港だったら・・・・・・」
そんな心配も杞憂に終わりました。
24時間、キラキラしています。

無事、イラン入国のご報告でした。
いよいよ明日、中東に出発します。

荷物は再三チェックし、既に準備万端です。

旅行チケット

↑エアチケットもよし


沢木耕太郎の深夜特急も持参しました。
4巻 シルクロード
5巻 トルコ・ギリシャ・地中海

まさか、本当に行けるとは思っていなかった国。
本当に楽しみだ。



さて。
今回はモバイルPCを持参しますので、
ネットワークに接続できたら、随時旅行記をアップしますので、乞うご期待。

いい写真をどんどん掲載しますからね。


では、行ってきます。
2009.09.13 旅のお供
海外旅行を目前に、のりのりさんが「やっぱり持って行く」と言って
何やらスーパーに買いに行きました。
旅のお供
↑インスタントのお味噌汁とお吸い物。

去年、シリアとヨルダンに行った時は、お米がどうしても食べたくなり、
やっとみつけたパキスタン料理屋に入るや
「ナンなんかいらない!ライス!ライス!」と大騒ぎしたのりのりさんでした。

「東南アジアならお米が食べられるし、汁っぽいおかずがあるからいいけど……」
シリアでもヨルダンでも、薄いパンにペースト状のおかずが多くて辛かったそうです。
そこでとうとう、バックパッカーとしては禁断の(?)、日本食持ち込み。
「ふりかけも買おうとしたけど、バカにされそうだからやめた」のだとか。

いえいえ、気持ちは分かります。
帰国するまで日本食断ち派のワタクシですが、
そばでお味噌汁の匂いがしたら我慢できないでしょう。

「日本食なんか要らないって言ったでしょ」
などというイジワルを言うのりのりさんではないと、信じているのですが。
2009.09.12 ユーロ
15日出発の旅行準備を進めています。

トルコ・イランは、USドルよりもユーロの使い勝手が良いそうです。
そこで、今回はユーロに換金しました。

ユーロ

↑ユーロ紙幣

1€=130円だったそうです(ともとも談)。

今回は長期間なので、持参金も過去最高です。
あちらの感覚だとかなり大金なので、ちょっとドキドキです。


それと、衣装合わせも行いました。
気候は日本と同じぐらいですが、イスラム国特有のルールがあります。

<男子>
☆派手な色合いは避けた方が良い。
☆汚い格好(いかにもバックパッカー)だと、人格を疑われる。

ということで、いつもの安っぽい格好はダメと言う事です。
そこで大学時代に購入した、懐かしい合コンスタイルで行くことに決めました。
テカテカの青シャツにテカテカの黒パンツ。


<女子>
☆顔と掌以外は肌を露出してはいけない。
☆身体のラインがクッキリしてはいけない。
☆派手な色合いはダメ。

ということで、ともともは・・・・
胡散臭い行商のオバサンになってしまいました。
ま、心掛けだけは、先方に伝わると思いますが・・・


テカテカ合コンスタイル行商のオバサン

成田行きの電車は平日の通勤時間帯。
周りの目が気になります・・・・




2009.09.11 お菓子の家
のりのりさんが、北海道旅行出張のお土産を買ってきてくれました。
北海道土産
バター飴、マルセイバターサンド、熟成チーズ、カマンベールチーズケーキ。
このうち、バター飴はのりのりさんが好きで買ってきたそうです。
「旅行のおやつに持って行く」と言いながら、早速開封しています。

私がリクエストしたのは、マルセイバターサンド。
出張が決まった時から「買ってきてね」とお願いし、
ジンギスカンとサッポロビールでご機嫌ののりのりさんから電話がかかって来た時も、
「お土産は覚えてる?マルセイバターサンド」と、
ひつこくひつこくお願いしていましたので、さすがに忘れず買ってきてくれました。

ちょっとしょっぱいビスケットと、レーズンの入ったクリーム。
冷やしても美味しいですが、常温で、クリームがにゅっとでてくるのが好きです。

空港のお土産屋さんを、試食して回ったのりのりさんのお勧めは、
ユーハイムのカマンベールチーズケーキでした。
カマンベールケーキ
ユーハイムって言ったら神戸だし、バウムクーヘンでしょ?と思ったのですが、
失礼しました。

見た目はまさに一口サイズのカマンベールチーズ。
外側はふわんふわんで、中にはこれまたまさにカマンベールチーズの食感のクリーム。
けれど香りも強くなく、甘さもあって、「ようできてるわ~」と感心してしまいました。

北海道でしか売っていないようです。
誰か北海道、行きませんか?ご一報頂きたいです。
札幌から昨日帰ってきました。

ズバリ食べすぎました。


最後の夜。

まずは、すすきののど真ん中にある福来軒にぶらっと入りました。

とても古い店構えに多少引きましたが、一等地にあるだけに味はさすが。
特濃のとんこつ味噌スープ。

素面で食べたので、パンチがありました。
飲んだ後に食べるようにセッティングされているんでしょう。


次。
北海道の海の幸を売りにした居酒屋で八角などを頂きました。

もともと、刺身や貝類、カニなどはそれほど好きじゃないので、
食べるものも限定的。
ウニやカニは美味しいとは言うけど、ちょっと高価ですね。


その後、飲み屋を2件ハシゴし。


〆は先輩と二人で深夜のホルモン屋さんへ。
札幌市内にはホルモン屋さんも多いんです。

サッパリしたお酒をちょっと飲むために立ち寄ったはずが、
有無を言わさずテーブルに七輪を置かれたため、ホルモンを注文するはめに。


食べすぎました。



最終日、新千歳空港のレストランで、お別れしてきました。

サッポロクラシック

↑サッポロ限定サッポロクラシック


サッポロ好きにはたまらない美味しさです。
黒ラベルよりもスッキリしていて、フルーティ。

サッポロ滞在中はお世話になりました。
ガブガブ飲んできました。

どうしてこっちでも販売しないのかね。おいしいのに。



こうして札幌旅行出張は食べ歩き(飲み過ぎ)で終わりました。

・ジンギスカン×2回
・札幌味噌ラーメン×2回
・ホルモン焼き×1回
・北海道系居酒屋×2回
・サッポロクラシック×たくさん


ジンギスカンは当分見たくないです。


朝起きてリビングに行くと、メダカの水槽で何か大きく動いているものが目に入りました。
メダカやエビたちがすいすい泳ぐ動きとは違います。

近づいてみると、
ん?

あらー。
んん?
メダカが、エビに、食べられていました。
大きく見えたのは、エビが自分より大きいメダカを抱えているからでした。

数日前からフラフラ泳いでいたメダカでしたから、
エビに襲われたわけではなく、寿命が来たのでしょう。

好き嫌いがあるのか、メダカを食べているのは一番大きいこのエビだけ。
だから、身体が大きいのかもしれませんが。

メダカの水槽なのに、1匹だけになってしまいました。
残されたメダカ。
淋しげに、見えなくもありません。
昨日は肝トレしてまして、ブログ更新できませんでした。

札幌での業務は展示会の説明員ですので、ゆるーくやっております。

さて。
今朝も札幌市街地を走ってきましたが、札幌は走りにくい。
おそらく、碁盤の目になっている主要道路が原因と思われます。

というのも、交差する通りの優劣が無い(どちらも交通量が同じぐらい)ので、
信号の待ち時間が長いのです。
運が悪いと、1ブロックずつ信号待ちをしなければならない。

そこで、今朝は市街地を抜け、円山球場まで走ってきました。
未明に雨が降ったようで、肌寒いけど気持ちよかったです。

円山球状といえば、野球少年だった僕にとっては、あの試合が思い出されます。

1988年7月6日 巨人-中日戦


吉村-原-呂の三連発、そして、
吉村の負傷(これさえ無ければ名選手だったのに・・)。

その円山球場を折り返して早朝ジョギングをしてきたわけです。


ところで。
札幌グルメ情報。

日曜日、昨日とジンギスカンばかり食べています。

昨日は、数あるジンギスカン料理店の中でも評判の良い、ジンギスカン だるまに行きました。


だるまのジンギスカン

↑連夜のジンギスカン

かなりおいしいです。
圧縮したペラペラお肉ではなく、ジューシー。
今晩も食べに行くかもしれません。



そして、札幌といえばラーメン。
飲んだ後の仕上げに元祖ラーメン横丁に立ち寄りました。

ここはラーメン屋さんが狭い路地に軒を連ねています。
酔客ばかりでなく、若い人もたくさん居ました。

数あるお店から、飲んだ後お勧めのしょうゆラーメンを頂きました。

味の来々軒

↑味の来々軒 しょうゆらーめん

なるほど。
脂っこいジンギスカンを食べ、したたかに飲んだ後はピッタリの味。
ペロリと完食してしまいました。


今度はともともを連れて来たいものです。






札幌出張に向かうのりのりさんについて、
羽田空港まで行ってきました。

なぜかって……私は空港が好きなのです。
あの、独特の緊張感とか、キラキラした感じ。
ラオスやミャンマーの空港はキラキラしていませんでしたが、
味わえる「異邦人」感がたまりません。

しかも羽田空港は我が家の最寄駅から電車一本乗り換えなしで行けるのです。

マーケットプレイスでお昼ごはんの後、
釜まむし

私は展望デッキでお見送り。
JAL
次々離着陸する飛行機が見られて、子どもも飛行機マニアも楽しめる展望デッキ。
テラス席で飲むビールに惹かれましたが、ここは我慢。

行ってらっしゃーい。
行ってらっしゃーい
(のりのりさんの乗るのがどの飛行機かは分かりませんでしたけど。)

水曜日まで、横浜ひとり暮らしです。
先週に続き、休日出勤でした。

7時集合でしたが、早目に到着してしまったので、
近所のマクドナルドでコーヒー飲んで時間を潰しました。


朝マック

↑横浜某所マクドナルドにて

このコーヒー\120.
つい最近まで、キャンペーンで\0販売するとか、広告していました。

今回のように、時間潰しでたまに飲みますが、
おいしいかどうか、かなり疑問です。。

ただ苦いだけ、という気もしますが、値段なりということで。


今日の仕事も無事終わりました。良かった、良かった。




2009.09.04 ゴーギャン展
行ってきました。
ゴーギャン展
東京国立近代美術館で開催中の、ゴーギャン展。

ゴーギャンを見るのは初めてです。
初期の頃の作品は、いかにも印象派というような、ほわわん、とした絵。
タヒチに移ってからの作品が、断然面白いです。

色鮮やかで力強くて、熱帯の楽園への思い入れに満ちていて、
けれど画面のどこかには、寂しげな犬がゴーギャンの分身として描かれています。

今回のみどころが、上の看板の絵で日本初公開の
『我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか』です。
「人の生のさまざまな局面」と解説にはありますが、
生の、というより死に向かう部分ばかりのような気がします。
楽しい気分になる作品ではありませんが、しばらく見入っていました。

ところで、タヒチ時代の絵を見て、裸でウロウロしたくなったのは私だけでしょうか。
そういえば、ひとり暮らしの時は裸族に近かったな。
「私は野蛮人だ」とゴーギャンの言葉にありましたが、
私の内なる野生も刺激されたのかもしれません。

それにしても、ゴーギャンも、先々月見た藤田嗣治もそうでしたが、
芸術家の男性はおモテになりますね。
それはそれで、苦悩の多かろうことかと。

2009.09.03 肝トレ明け
昨日は、都内某所で検査立会があり、そのままお客さん達と宴会してきました。
アウェーだったので、帰宅困難でしたが、門限以内に滑り込み。

よって、本日は肝トレ明けでした。

先週に続き一軒目が焼肉屋さんだったので、朝から胃が重く。

オヤジであることは間違いないようです。


そんな二日酔い+睡眠不足にはこれです。

豚汁

↑豚汁最高!

さっすが、解ってはる。ともとも。

弱った時には、味噌です。味噌。


お陰さまで明日は元気になりそうです。


横浜は朝晩、涼しくなりました。
鈴虫の音色は秋ですな。

仕事がお休みだったのりのりさん。
昨日よりも10℃以上も高い気温の中、ひとり20㎞走をしてきたようです。

先日来の疲れやらふくらはぎの張りやらでヨレヨレになって帰宅。

にも関わらず、バイトに行っている私の代わりに、夕食を作っていてくれました。
茄子カレー
茄子入りカレーです。

「疲れてるのに、悪かったなぁ。晩ごはん、私が作ってもよかったのに」
「うん……でも、鯖以外のもの、食べたかったから……」
横浜で今一番鯖を食べているふたりです。

「それと、甘らっきょう買ってきた」と、のりのりさん。

冷蔵庫には、頂き物のらっきょうがまだまだあります。
私の、数少ない苦手な食べ物、らっきょう。
のりのりさんはカレーを食べる度、この頂き物のらっきょうを齧りつつ
「これは塩らっきょうで、本当はカレーには甘らっきょうが合うんだよね」と、言っていました。

けれどまだまだある頂き物らっきょう。私の食べないらっきょう。
幾度とない催促を私は無視してきたのですが、とうとう、しびれを切らしてしまったようです。
よほど食べたかったのか、一度に7,8粒もトッピングしていました。
「ん~、2年ぶりの甘らっきょう~。ガリガリ」

ああ、芳しいカレーの香りがらっきょうの匂いに負けてしまう~。

けれど、フルーティで美味しいカレーでした。ご馳走様ね。
明日は私ひとり、らっきょう臭フリーで頂きます。